( ・∀・)……心と秋の空のようです


 

( ・∀・)

川のせせらぎにのせ、乾いた秋風が髪をゆらす。
同じ植物ということを忘れさせてしまう程に色を変えた草の上に座り、
僕と彼女は流れる雲を見上げていた。

秋の水辺は、やはり少し肌寒い。
今が春なら暖かい陽気に包み込まれ、程良く眠くなっていたことだろう。
この時期にここで昼寝をもししたら、明日はきっと、一日中布団で寝る羽目になる。
それは勘弁願いたい。

それなのにこんな場所で座り込んでいる理由は二つ。
一つは、二人の思い出の場所だから。
二年前、僕は同じ秋の空の下で彼女に告白をした。
彼女は俯き、泣きながら静かに何度も頷いていた。

そして今日。
また僕らは、思い出の場所に居る。

二つ目の理由。
ここに来たのは、彼女の提案だった。
感情を隠そうと、必死に取り繕った笑顔で、あそこに行こう、と。
その笑顔で、僕は全てを悟っていた。


懸命に笑いながら、僕らは昔話をした。
二年前の告白から、昨日までのことを語り合った。
二人で共有した二年という時を、一つ一つ噛み締めながら。

話が一つ終わる度に、空は形を変えていた。
最初に見た雲は彼方へと流れ、また違う形の雲がいくつ流れていく。
時間の流れを、とても早く感じた。

そしてやがて、終わるのだろう。
僕と君との時間の流れも。

話が途切れ、ふっと息を吐いた時。

ミセ*゚−゚)リ「……別れましょう」

予感していた別れの文字が、彼女の口から告げられた。
目を瞑り、静かに呼吸を繰り返す。
わかっていたのに、胸の鼓動は高鳴っていた。
その時には、秋風も寒いとは感じなくなっていた。

考えていた。
ここへ来る前からその返事を。
情けない話、別れを切り出されるのは初めてのことじゃない。
今までも、何度かあった。その度に僕は、同じ言葉を吐いた。

その言葉の意味は、よくわかっている。
自分の言葉だから、当然だ。
それは別に特別なことじゃない。平凡な、よくある台詞。
だけどその聞こえの良い台詞の裏にある、僕の汚い独り善がりの考えに、
何度嫌気が差しただろうか。

理由は?と僕は聞く。
そんなものには正直興味がなかった。
少しでも心を落ち着かせ、平常を装える時間を作る為だけに聞いた。

ミセ*゚−゚)リ「好きな人が……できたの」

彼女の言葉の一つ一つが、僕の胸を揺らす。
胸を押さえて、うずくまりたい衝動を必死に堪える。
興味がなかったはずなのに、現実は容赦なく胸を抉るだけだった。

ミセ*゚−゚)リ「……ごめんなさい」

微動だにしていなかったはずなのに、彼女は謝罪の言葉を述べる。
雰囲気から、僕の心中を悟ったのだろうか。
二年も一緒にいたのだ。それも不思議なことじゃない。

表情を変えていく空を見上げながら、何度も大きく息を吐いた。
僕の表情は、変わっていないと思う。
いや多分、少し笑っているような気がする。
なんとなく、なんとなくだ。

惜しむように。
少しでも、二人の時間をまだ続けたいという気持ちが、僕の口を堅く閉ざす。
どうやっても、二人で明日を迎えることは出来ないのに。
一分でも、一秒でも、今はただただ一緒にいたかった。

明日を迎えることが出来ないのに。
自分の頭に浮かんだその言葉が冷水に変わる。
冷水は頭から体へと広がり、僕の体温を急激に冷やしていった。

ああ、やっぱり僕は、変わらない。
もう既に、ここへ来ようと言った彼女の笑顔を見た瞬間に。
僕は、諦めていたんだ。

わかったよ、と僕は言った。
普段と変わらない声が出たことに、僕は驚かなかった。
だから、今までに何度か吐いた言葉も、言うことが出来た。

シアワセニナッテネ

縋り付いて、君の枷になりたくはないから。
君が好きだから、僕は幸せを祈ってる。
後腐れ無く別れたいから、僕は君の前から去るよ。
僕も負けずに、幸せになるから。

違う。

どれも、違う。

違う違う違う違う違うちがちがうちがうチガウチガウ……!

言葉の裏に隠れた真意は、どれも違う。
ドラマや小説のような綺麗事なんて、僕の心には微塵もない。

諦めただけ。

逃げただけ。

縋り、彼女に選択を迫ることで、自分がこれ以上傷つきたくないだけだ。

それをさも彼女の事を気遣っているように、僕は大丈夫だからと吐きつけるのだ。
僕は大丈夫に決まっているだろう。
傷つくことを恐れ、その場から一目散に逃げ出したのだから。

後はもう、自己嫌悪に嘖まれるだけだ。
それも時間が経てば、やがては消えていく。
彼女は僕といる間も、いつの頃からかは知らないが悩んでいたのだろう。
そしてこれからも、その傷を背負うのだろう。

僕は自分が逃げたことに対して悩むだけだ。

( ・∀・)

何故笑う。何故僕は、笑っている。
そうだ。笑顔で彼女を安心させようと、笑顔で彼女の背を押そうと。
土俵の外で、笑いかけているのだ。

彼女は泣いていた。
俯き、顔をくしゃくしゃにして、時折ごめんと呟きながら。
彼女の目に、僕の笑顔はどう映ったのだろうか。
彼女の心に、僕が言った台詞とは違うものがあったのだろうか。

別れを告げても、私の幸せを願ってくれる優しい人?
引き止めてくれていれば、貴方を選んだのに?
それとも逆に、簡単に引き下がってしまうなんて、その程度の気持ちだったのか、とか?

どう思ってくれても、構わない。
それどころか、嫌われた方が気が楽だ。
僕はもう、君の心から逃げたのだから。

………………。

空を見ていた。

空はまた、表情を変えた。

あの時と同じ場所。

あの時と同じ季節。

あの時と同じ音。

川のせせらぎ。耳に当たる風。彼女の嗚咽。

あの時と違うのは。


僕の心と、秋の空だけだった。







数日後、僕はまたあの場所へきていた。
もう隣に、彼女はいない。
この先も、何年後も、何十年後も、一緒にいようと話したのに。
僕らはもう、終わってしまった。

いや、僕が逃げてしまった。

付き合っていた頃の事は、もう思い出さない。
傷つきたくないからだ。

それなら何故、僕はここにいるのだろうか。

わからない。わからない。
けれど気がつくと、ここにいた。


秋の空は相変わらず、ころころと表情を変えている。
出かける前は晴れていた気がしたが、今は一雨きそうな空模様だ。

女心と秋の空と言うことわざを思い出す。
その反意語に、男心と秋の空、という言葉もある。
今の自分に、ぴったりだと思った。

それならば、そのようにしてやろう。
一週間か一ヶ月か、どれだけ時間がかかるかわからないが、
気持ちの整理がついたら、また新しい恋を探そう。

今度こそは、その恋が秋の空のように変わらないように。


終わり




ありがとうございました

TOPへ 超短編まとめへ戻る

inserted by FC2 system