水槽と流石兄弟のようです




一月二十八日 流石兄者


 なぁ、弟者。
 
 お前の趣味のせいで、この部屋はさながら水槽屋敷といった感じだ。
 
 
 部屋のスペースと言うスペースに、水槽が並んでやがる。
 
 おまけに中身は全て熱帯魚。
 
 まったく、手間のかかる。
 
 
 どれがパソコンのケーブルかすら、わからない始末だよ。
 
 
 なぁ、弟者。
 
 
 
 
一月二十九日 流石弟者



 そうは言うがな、兄者。
 
 
 
 あいつら、可愛いんだぞ。
 
 餌を覚えると、俺が通るだけで水面まで上がってくるんだ。
 
 そんなあいつらの為なら、水槽掃除も喜んでしてやるさ。
 
 
 
 兄者も一つ、水槽を買って自分の熱帯魚を育ててみたらどうだ?
 
 
 
 
一月三十日 流石兄者



 結構だ、弟者。
 
 
 大体、どこに水槽を置けばいいんだ?
 
 まさか寝室にまで、進出するんじゃないだろうな。
 
 
 
 ちなみに今のは、駄洒落だ。
 
 
 と言う事で、俺は遠慮しておこう、弟者よ。
 
 
 
 
 
一月三十一日 流石弟者



 言われないと気付かない駄洒落とは、流石だな、兄者。
 
 
 
 近々、大きい水槽を買って小さい水槽をいくつか片そうと思っている。
 
 その時は又、手伝ってくれよ。
 
 
 その水槽に、兄者も好きな熱帯魚を入れてくれてもいい。
 
 
 おっと、アロワナみたいなのはごめんだぞ。
 
 
 小さい魚を、食べてしまうからな。
 




────………



 小さな日記帳を少し読んだ後、男は顔を上げた。
 
 にっこりと微笑んでいる様なその顔は、実の所は素の表情。
 
 
 中肉中背の中年、内藤ホライゾン。
 
 
 VIP警察捜査一課一系の、刑事であった。
 
 
川 ゚ -゚)「それが……この男の机に……」


 すでに三十半ばを過ぎているが、しゃんとした姿勢に整った顔立ちが、それを感じさせない。
 
 内藤と長年付き添っている相棒、クー。
 
 
 しかし流石の彼女も、その場の異様な光景には、動揺の色を隠せないでいた。
 
 
( ^ω^)「…………」


 クーが言った、『その男』に内藤は視線を移す。
 
 
 足元にある小さな水槽に腰掛け、俯き、ブツブツと呟いていた。
 
 
川 ゚ -゚)「……流石兄者、三十二歳、フリーター」


 内藤が視線を移したことを確認すると、クーが男の素性を挙げ始めた。
 
 そんなことは内藤も頭に入っていたが、どうにも頭がおかしくなってしまいそうで……
 
 
 聴き慣れたクーの言葉に、耳を傾けていた。
 
 
川 ゚ -゚)「……容疑者の流石兄者には、双子の弟、流石弟者がおり……」


 そしてまた、声が震える。
 
 クーは言葉続けることが、できなかった。
 
 
 
 視線を、それに移してしまったから。
 
 
 内藤はクーの様子を横目で確認した後に、また日記を見だした。
 
 
 
 
 
二月二十日 流石弟者



 いやいや、やはりでかい水槽はいいな。迫力が違う。
 
 
 これを見て、少しは興味が沸いたんじゃないか?
 
 どうだ、兄者。
 
 
 
 
二月二十一日 流石兄者



 よしてくれ、弟者。
 
 と言いたいところだが……なかなか、いい物だな。
 
 少し興味が、沸いたかもしれん。
 
 
 
 
二月二十二日 流石弟者



 それはよかった、兄者よ。
 
 前に言った通り、好きな魚を入れてくれていいぞ。
 
 なに、気にすることはない。
 
 俺と兄者の、仲じゃないか。
 
 
 
 
 
 
二月二十三日 流石兄者












  な
  
  
     ん      で
     
     
     
     
     
  も
  
             い
              い
              
              



          だ
          
          
          
          
          
          
          
          な
          
          
          
             ?
             
             
             
             











二月二十四日 流石弟者



 ああ、なんでもいいぞ。
 
 兄者の好きなモノを、イレテクレ。
 
 
 
 
二月二十五日 流石兄者



 ああ、綺麗だ……いい、買い物をしたな、弟者よ。
 
 
 
 
 
二月二十六日 流石弟者



 そうだろう?
 
 やはり、兄者が興味を持ってくれて嬉しいな。
 
 どうだ、小さな水槽から始めてみては。
 
 
 
二月二十七日 流石兄者



 ああ、それも悪くない。
 
 だが、なかなかお前とは日が合わないな。
 
 むぅ……一緒に買い物は、行けそうにないな……
 
 
 
 
──────………



 後の日記は、同じ様な仲の良い兄弟の会話が綴られていた。
 
 内藤は静かに日記を閉じると、俯く兄者を見た。
 
 次に、大水槽へと、目を移した。
 
 
 大きな、『人も入れそうな』、とても大きな水槽が、部屋の中心にあった。
 
 
 
 
 しかし。
 
 
 
 
 漂うのは。
 
 
 
 
 魚でなく。
 
 
 
 
 一人の、男だった。
 
 
 
 
 
 
 正確には、一人の男『だった』モノ。
 
 腐敗が進んだ死体が、濁った水の中で、漂う。
 
 検死を行わない限り、それが誰であるか、断定はできないだろう。
 
 だがしかし、恐らくは───
 
 
( ^ω^)「流石さん」


 「…………なんだ?」
 
 
 俯いたままに、低い声で返事をする。
 
 
( ^ω^)「あなたは、【どっち】ですか?」


 死臭が漂う、常人なら、逃げ出したくなるような、暗い部屋。
 
 
 
 そこにさらに、重い、押し潰す様な、沈黙。
 
 
 
 
 
 
 
 
 やがて。
 
 
 
 
 
 
 
 「俺は……兄者だよ……【今日は】……な……」
 
 

 
 
終。




ありがとうございました

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