ξ゚听)ξ嘘が紡いだ物語のようです

一、『王女と兵士』
 


1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 14:49:45.01 ID:BvFhMvL/0
 
 全てが眠る、深い夜。
 物音を立てないよう、注意をしながら部屋を出る。
 立派な装飾が施されいる大きな扉を、音も立てずに閉めるのには一苦労する。
 
 暗い部屋から外に出て、暗い廊下を静かに歩く。
 目を慣らすために、予め部屋の灯りを全て消し、真っ暗にしておいた。
 経験の末に覚えた知識。おかげで、石の壁に頭をぶつけることはなくなった。
 
 靴を履くと音が反響してとてもうるさいから、裸足で歩く。
 何日も何日もそれをしているうちに、いつの間にか足の痛みはどこかに消えた。
 
 石の壁、石の廊下、石の階段。冷たい石に囲まれた、城の中。
 暗闇も手伝って、まだ秋の口なのに、とても寒く感じる。
 おまけにここは最上階に近い場所。目指す裏口までは、かなりある。
 
 それでもわたしは、暗闇を進む。
 音を立てず、周囲に注意を払いながらお城の中を歩くのは、少しスリルがあっていい。
 
 兵士さん達が巡回する時間も、回数を重ねるうちに覚えていった。
 でもたまに遅れたりしている事があるから、気を抜けない。
 一度見つかれば、警備を強化されてしまうかもしれない。それは避けたい。
 
 ……よし、今日はなかなかの好記録が出た気がする。
 終点地点、木の扉の前でそんなことを思う。
 
 扉の向こうは、城の外。
 わたしは構わずに、扉を開けた。
 

2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 14:54:09.51 ID:BvFhMvL/0
 
 見上げれば満天の星空。大きな丸いお月様も、煌々と輝いていた。
 息を張り詰め、警戒をしながら歩いていたせいだろうか。
 外に出た途端、気持ちの良い解放感に包まれた。
 
 だけど、それに浸っているだけでは時間が勿体ない。
 そんなものを感じる為に、ここへきたのではないのだから。
 
 空から目を落とせば、わたしに気がついて駆け寄ってくる影が一つ。
 隠れる必要はもうない。わたしには、その影が誰なのかわかっているから。
 わたしはその人に、会いに来たのだから。
 
(;^ω^)「ツン様……」
 
 軽装の胸当てに、夜に紛れる黒の外套に身を包み。
 鉄のすねあてをがちゃがちゃと鳴らしながら、その男は現れた。
 そう高くない身長のわりに肩幅は広く、緩んだ顔が手伝って中太りに見えるが、
 贅肉は少なく、その実は意外とたくましい体をしていることを、わたしは知っている。
 
ξ゚听)ξ「見回り、ご苦労様です」
 
 困ったような表情をしていた彼に、形式上の労を労う言葉を返す。
 彼の名は、ブーン=ラダトスク。
 なんてことない、ただの兵卒だ。
 

3以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 14:57:44.66 ID:BvFhMvL/0
 
 ヴィップ国正統第一王女、ツン=ヴィップ。
 それがわたしの重苦しい肩書と、名前だ。
 本当なら謁見することすら許されない身分の違い。まったく、面倒臭い。
 
 そんなだからわたしは毎晩盗人みたいな真似をして、こうして会いに来ているのである。
 彼がどう思っているかは知らないが、会う度にそんな顔をしないでほしい。
 ともあれあのまま放っておいても、わたしが話さない限り会話は生まれない。
 
( ^ω^)「勿体ないお言葉です」
 
 胸に手を添え片膝立てて跪き、こうべを垂れて予想通りお決まりの返事。
 多分これは本心から行っている。自爆なのだが、それをされると、少し寂しい。
 
ξ゚ー゚)ξ「はいっ! そういうのはやめましょう!」
 
 現実を見せられるのはもう十分。
 気分も態度も切り替えて、今だけは忘れよう。
 
( ^ω^)「……わかりました」
 
ξ゚听)ξ「……わかってないじゃない」
 
 まだだめ。敬語が抜けてない。
 だけどそんなやり取りも、ブーンと会話している実感が沸き、寂しい反面嬉しい部分もある。
 それだけでわたしは少し、顔がほころんでしまっていた。
 

4以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:00:11.56 ID:BvFhMvL/0
 
 にこにこと微笑むわたしの顔を見上げ、彼は息を静かに吐いた後に立ち上がる。
 立ち上がった後の顔は困ったような表情ではなく、独特の、優しい笑顔だった。
 
 
( ^ω^)「わかったお」
 
 
 ────ああ。
 
 
 ────これだ。
 
 
 この笑顔を、この声を求めて、わたしはここにきたんだ。
 彼に会えたことを、全身全霊で実感することができるこの瞬間が、たまらなく好き。
 一瞬体に震えが走り、両腕を胸の下で交差して、肘をぎゅっと抱きしめた。
 
( ^ω^)「夏も過ぎたし、そろそろもう少し暖かい恰好をした方が……」
 
 寒さで身震いしたと思ったらしい。
 彼の言う通り、そろそろネグリジェだけでは肌寒く感じる。
 明日からはガウンを羽織ってこようと思った。
 
 それでも、この震えは治まるものではないのだけれど。
 きっと彼は、一生気付くことがないんだろうなと、苦笑した。
 

5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:03:11.31 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚ー゚)ξ「ご忠告、ありがたく受け取っておくわ」
 
 彼の優しさは、決して無駄にしない。
 
 
 
 だから、どうか。
 
 
 
 月が夜空にある時だけは。
 
 
 
 星が輝くこの時だけは。
 
 
 
 あなたを好きで、いさせてください。
 
 
 
 ───ξ゚听)ξ嘘が紡いだ物語のようです
 
 
 


7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:06:08.10 ID:BvFhMvL/0
 
 裏口近く、城壁の手前に彼が外套を地面に敷いた。
 それはいつものことで、この上に座れという意味だ。
 
ξ゚ー゚)ξ「ありがとう」
 
 男だらけの軍の中で育ったのに、こういう紳士的な面がある所も好き。
 わたしが腰を下ろすと、彼はその隣に座った。
 そして、どちらから言い出すともなく、同時に星を見上げる。
 
 一日で最も深く暗い夜に散らばる星達は、吸い込まれてしまいそうな澄んだ輝きを放っていた。
 あれに比べたら、宝石などただの石ころに思えてしまう。
 絶対に届かないから尊く、そう思えるのかもしれないけれど。
 
 ふと、ほぼ等間隔に位置する四つの星が目に止まった。
 
ξ゚听)ξ「……綺麗……」
 
 思わず言葉が飛び出してしまう。
 
( ^ω^)「どれだお?」
 
ξ゚听)ξ「ほら。あそこの四つの星」
 
 身を寄せ、その辺りを指差して伝えた。
 彼はわたしの腕の位置に顔を近づけ、斜線上をじっと見つめる。
 ちょっと、腕が疲れた。
 

8以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:09:06.72 ID:BvFhMvL/0
 
( ^ω^)「あれはペガスス座だお」
 
ξ゚听)ξ「へ?」
 
 予想外すぎる彼の言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまった。
 
ξ゚听)ξ「星座……詳しいの?」
 
 今まで彼がそんな素振りを見せたことは一切無かったから、驚いてしまった。
 何度か、というか結構な頻度で星を見上げてはいたけど、星座の話題に転じたことはない。
 わたしが綺麗と言ったら、彼はそうだねと相槌を打つだけだったのに。
 
( ^ω^)「いや、偶然あれは知ってただけだお」
 
ξ;゚听)ξ「あぁ……」
 
 なるほど、納得した。わたしの感動を返せ。
 彼が話す事と言えば、軍の遠征中の出来事だとか、軍に関係したことばかりだったから、
 たまには別のお話をしてもらおうと思ってたのに。
 
 別にそればかりでも退屈ではないんだけどね。
 
( ^ω^)「ツンの視線を追って、もしかしてと思って……」
 
 とはいえ今は、いつもと違うお話が聞けるチャンス。
 それに神秘的なお話は大好きだから、この機は逃さない。
 

9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:12:06.87 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「あの四つでペガススなの?」
 
( ^ω^)「あれは胴体だお。あの四つを線で結んで、ペガススの四辺形っていうんだお」
 
ξ゚听)ξ「頭はどっち?」
 
( ^ω^)「右下の星から右の方に線を伸ばしたとこが頭だお」
 
ξ゚听)ξ「えっと……」
 
 わたしが必死に探していると、彼はわたしの手を上から握る。
 そのまま人差し指をぴんと立てて、目当ての星の辺りを指差した。
 
( ^ω^)「あそこの明るいのが、頭」
 
ξ゚听)ξ「……妙に首が長いのね」
 
(;^ω^)「おっ……そんなもんだお。絵にすればよくわかるんだお」
 
ξ゚听)ξ「ふーん……」
 
 小さい頃に絵本で見たペガサスを思い浮かべる。
 うん。あの四角形からペガサスなんて、全く想像できない。
 昔の人達の想像力には感心してしまう。
 

10以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:15:06.80 ID:BvFhMvL/0
 
 絵を重ねて見てみれば、きっともっと神秘的に映るのだろう。
 そんなことを考えながら星を見つめていたら、ふと暖かい風が頬をくすぐった。
 季節外れのその風を不思議に思い、横を向く。
 
ξ*゚听)ξ「ッ!」
 
 真横。本当に真横。
 息がかかる程の距離に、星を見つめたままのブーンの横顔があった。
 今もわたしの手を握り、空を指差したままで。
 
 彼が今こちらを向いたら、唇が当たるほどの、距離。
 
ξ*゚听)ξ「ひゃぁっ!」
 
 一気に頭に血が上り、咄嗟に体が跳ね上がる。
 握られた手も思い切り引っ込めて、彼の隣から飛び退いてしまった。
 
(;^ω^)「おっ?! ど、どうしたんだお?」
 
 そんなわたしの突然の行動に、彼も驚いていた。
 いや、うん、悪かったけど、けど……う、うん……。
 
ξ*゚听)ξ「…………」
 
 落ち着け。落ち着けわたし。深呼吸して、動悸を抑えて頭を冷やせ。
 

11以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:18:06.69 ID:BvFhMvL/0
 
 ほら、ブーンが不思議そうな顔をしてわたしを見てる。心配してる。
 ああ、だめだ。顔が熱い。
 
( ^ω^)「……虫でもいたかお?」
 
 そう言ってきょろきょろと自分の周辺を見回す彼。
 ……こいつは全部、何の気無しにああいう行動に出ていたのだろうか。
 わたしの手を握ったのも、わたしにあそこまで急接近したのも、素でやってたのか。
 
ξ*゚听)ξ「ん、あ、そ、そうよそう!」
 
 ……一人で慌てふためいたのが馬鹿みたいじゃない……。
 月明かりだけの暗い中、わたしの返事を本気にした彼は、いもしない虫を探し続けた。
 そんな彼を見つめながら、胸元で右手の甲を握りしめた。
 
ξ*゚听)ξ(……)
 
 彼に触れていた手は、まだ少し暖かかった。
 そういえば、肌に触れたことなんて今までになかった。多分。
 顔が熱い。そして、彼と接していた右の半身も熱い、気がする。
 
 そうなのだ。たしかわたしから身を寄せて、ずっと彼に触れていたのだ。
 星に夢中になっていて……気がつかなかった……。
 
ξ* )ξ「〜〜〜〜ッ……」
 
 自分でしたことが恥ずかしくて、更に顔が熱くなった。
 

12以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:21:07.48 ID:BvFhMvL/0
 
( ^ω^)「どっかいったみたいだお」
 
 最初からいない虫の捜索を終えて、わたしの方を向く。
 少し不思議そうな顔をした後に、
 
( ^ω^)「大丈夫だお」
 
 にっこりと、いつもの笑顔。
 
 ああ、だめ。
 
ξ*゚听)ξ「そ、そう、よかった! わたし、そろそろ戻るわね!」
 
(;^ω^)「おっ? も、もうかお?」
 
 まだ、半刻も一緒に居ていない。わたしだってまだまだ一緒に居たい。
 でもだめ。もう無理。変に意識してしまって彼の顔を直視できない。
 照れくささと気恥ずかしさがわたしの胸で大暴れしている。
 
 そそくさと駆け出し、裏口へと戻る。
 冷たい木の扉に手をあてた後、彼の顔をもう一度見た。
 
(;^ω^)?
 
 困ったような、どうしていいかわからないって顔をしていた。
 大丈夫。わたしだって、どうしていいかわからないんだからね。
 ……でも、ごめんなさい。
 

13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:24:06.76 ID:BvFhMvL/0
 
ξ*゚听)ξ「……また明日、ね」
 
 そう言い残し、わたしは扉を開けてすぐに中へと飛び込んだ。
 こんな時でも、閉める時は大きな音がたたないようにしている自分。
 もう体に染みついているんだと、苦笑した後にため息を一つ。
 
ξ )ξ「…………」
 
 少し俯いた後、また靴を脱ぎ冷たい石の上を歩く。
 行きも帰りも、つま先立ちで音をたてないように。
 そういえばいつからか、足の痛みも消えていた。
 
ξ゚听)ξ
 
 いつからだろうか。こんなに彼を想うようになったのは。
 一国の王女とただの兵卒。本来ならば目を合わすこともない。
 そんな二人……ううん、少なくともわたしは、彼に惹かれている。
 
 切っ掛けは本当に、偶然だった。
 どんな出会いもそんなものなのだろうか。
 わからない。そもそも、同じ年の女性と話したことがない。
 
 初めてあった時は……あ、そういえば、三日後は誕生日だ。
 ということは、もう出会ってから二年近く経過したことになる。
 二年近くこんなことをしていたのなら、足が痛くなくなる事も納得してしまう。
 

14以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:27:10.58 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「二年、かぁ……」
 
 呟いて、あの時の事を思い出した────
 
 

 
 
 二年前。正確には一年と十一ヶ月前の、十六歳の誕生日パーティー。
 祝ってもらえる事は嬉しいけれど、毎年少しだけ作業的に感じていた。
 式辞やら色々と気を遣うことが多く、あまり落ち着けないからだ。
 
 お昼は街でのパレードに、夜はいわゆる社交界のパーティー。
 パーティーには周辺の領主一族に、果ては隣国の王族までもやってくる。
 わたしの為にきてくれている。とはその時には既に思っていなかった。
 
 誕生日を祝うことは建前で、実の所は上流階級同士の親睦会のようなもの。
 半数以上がその為にきていることは、わかっていた。
 それでも純粋に祝ってくれる方々がいることも知っていたし、
 総合すれば、やはり嬉しいことに変わりはなかった。
 
 入れ替わり立ち代り踊りの相手が代わる事には、正直疲れてしまうけど。
 そして一応主役ということで、ホールの中央で踊るのも嫌だった。
 ……ダンスは苦手だからだ。
 

15以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:30:29.04 ID:BvFhMvL/0
 
爪'ー`)「誕生日、おめでとう」
 
 何人目か数えるのもやめて、疲れてきてしまった時。
 祝福の言葉と共にわたしの前に現れたのは、お父様だった。
 つまりは国王様。フォックス=ヴィップ、その人だ。
 
ξ゚ー゚)ξ「ありがとうございます」
 
 ドレスの裾を軽く持ち上げ、膝を曲げてそれに応えた。
 
爪'ー`)「踊ってくれるかな」
 
 静かにわたしの胸の高さまで手をあげて、笑顔で申し出た。
 見れば周りで踊りを楽しんでいた人達も足を止め、こちらを見ていた。
 最も注目を浴びる瞬間だけど、お父様とならば嫌ではない。
 
ξ゚ー゚)ξ「喜んで」
 
 手を取り、そのまま全身を委ねる。
 幾多の場数をこなしてきたお父様のリードには、さすがの一言。
 少し疲れた重い足に加え、ダンスが苦手なわたしでも自然に足が出た。
 
 その頃は身近にいた男性はお父様と兄だけで、二人を尊敬していたっけ。
 国を背負う姿も、肉親としての姿も、素晴らしい人達だって。
 勿論、それは今も変わらないことなのだけど。
 

16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:33:51.74 ID:BvFhMvL/0
 
 パートナーがお父様ということは、次に踊る方はもういないということだ。
 お腹も空いてしまっていたし、ほんの少し胸を撫で下ろしていた。
 ……お父様には失礼だけど、ね。
 
 そんな不謹慎なことを考えている時、ふいにお父様がわたしの右手を持ち上げた。
 そのままわたしの頭の上でぐるりと囲うように腕を滑らせる。
 まったく意識をしていなかったのに、わたしの体はくるりと回ってしまった。
 
 ドレスの裾が花開くように舞い、止まると同時に綺麗な円を描き、ふわりと沈む。
 視線を下ろせば、自分の手をわたしの右手に添えたまま片膝をつくお父様の姿。
 その瞬間、ホールに響いたのは感嘆の声。そして、盛大な拍手だった。
 
 お父様は跪いたまま胸の内ポケットを探り、小さな箱を取りだした。
 そのまま握るわたしの右手にそれを乗せ、わたしの指を曲げて包み込む。
 
爪'ー`)「私からのプレゼントだ。中身は、言わなくてもわかるだろうがな」
 
ξ゚ー゚)ξ「……ありがとうございます。お父様」
 
 笑顔と笑顔を少しの間交わした後、お父様は立ち上がり、
 
爪'ー`)「さぁ、皆様。今宵は時の許す限り、我が最愛の娘ツンの誕生───」
 
爪'ー`)「……っと、こういうのは少し、親馬鹿ですかな?」
 
 おどけたように言ってみせたお父様の言葉に、ホールは笑いに包まれた。
 

17以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:38:21.40 ID:BvFhMvL/0
 
 お父様と来賓の方々に一礼をした後、わたしはその場を後にした。
 グラスに注がれた葡萄酒を受け取り、カナッペをいくつか小皿に乗せ、
 自室へ戻ると従者に告げて、パーティー会場を後にした。
 
 華やかな広間の外は、別世界のように静かで、暗かった。
 あの時はまだ夜の城内が薄気味悪くて、ちょっと怖かったっけ。
 見回りの兵士さんの足音にも、びくびくしていた気がする。
 
 しかし、いくら危険から身を守る為とはいえ、お城の最上階近くの部屋は不便だ。
 いつもいつも長い階段を登らないといけないことが、かったるくてたまらなかった。
 
 
 
 

 やっと自室のあるフロアに辿り着くと、曲がり角から急に人が現れた。
 
ξ;゚听)ξ「わっ」
 
 驚いて、思わず声を上げてしまう。
 でもその人を見て、わたしは静かに胸を撫で下ろした。
 
( ・∀・)「あぁ、驚かせてすまなかった」
 
 その人は、王族でありながら、王直属部隊である『白騎士団』を束ねている人。
 お父様と同じく、わたしが尊敬している男性の一人、兄のモララーだった。
 

18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:42:15.53 ID:BvFhMvL/0
 
 父曰く、国を背負う者は強くあらねばならぬ。
 そんな理由で、兄は十三の頃から騎士団に入団させられたらしい。
 そして兄は、実力だけで齢二十四にして、白騎士団の団長にまで上り詰めた。
 
 五年前の団長を決める御前試合は、今でもわたしの目に焼き付いている。
 実力だけなく人望もあり、文字通り自慢の兄だった。
 
ξ゚听)ξ「ん……見回りですか?」
 
( ・∀・)「そ。ここらは自分で見てみないと、不安だからね」
 
ξ゚ー゚)ξ「相変わらずですね」
 
( ・∀・)「神経質なだけさ。……それよりも」
 
 一歩下がって、わたしの足元から頭へとゆっくり視線を動かす。
 腕を組んで、大きく一つ頷いた。
 
( ・∀・)「ツンも大人になった。とても綺麗だ」
 
ξ゚ー゚)ξ「あら。わたしにお世辞なんて、どういう風の吹き回しですか?」
 
( ・∀・)「おっと。世辞の返事も、上達したじゃないか」
 
ξ゚听)ξ「えー。やっぱりお世辞なんじゃないですか」
 

19以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:46:07.52 ID:BvFhMvL/0
 
 口をとがらせ言ったわたしに、兄は少し笑うと、
 
( ・∀・)「冗談だ。綺麗にはなった、が、大人と呼ぶにはまだまだだな」
 
 うまく乗せられたということ、ね。
 兄にはいつもそうして子ども扱いされるのだけど、嫌な気はしなかった。
 今思えば、甘えられる人が兄しかいなかったから、かもしれない。
 
 お父様は今日のような特別な日にだけ、それもごく少しの時間だけ父親の顔を見せる。
 あの時はおどけて見せていたが、普段は国王として、とても厳しい人だ。
 寂しい反面、しっかりとけじめをつけている事が、尊敬している面だった。
 
 そして、兄のモララー。
 騎士団長に座する前はわたしとの交流はほとんどなく、顔見知り程度の認識だった。
 この大役に即いた今は、お城にいることが多くよく顔を合わせている。
 
 それ以前に、御前試合での勇猛果敢な兄の戦いぶりに、わたしは誇りを覚えていた。
 自分の兄はすごい人なんだと、その時に初めて自覚をした。
 
 それから接していく内に、兄の優しさにも触れるようになった。
 お父様に感じる寂しさと、今まで兄に触れることができなかった期間を埋めるように、
 わたしはどんどんと兄に依存し、甘えていったのだった。
 
 母はわたしを産んですぐに亡くなったので、幼い頃からずっとそんな人を、
 甘えられる人を心のどこかで求めていたのかもしれない。
 今もブーンに依存している自分を鑑みるに、それはきっと、確実にあるのだろう。
 

20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:49:07.15 ID:BvFhMvL/0
 
( ・∀・)「自室へ戻るなら、付き添おうか」
 
ξ゚ー゚)ξ「……はい。ご厚意、甘えさせて頂きますわ」
 
 兄は小さく頷くと身を翻し、わたしの自室の方向へ進みだした。
 わたしもその背に続く。長身の兄の背はとても大きく、広かった。
 多分、わたしが兄に感じている物も、兄の背を広くみせているのだろう。
 
( ・∀・)「パーティーは、退屈だったか?」
 
ξ゚ー゚)ξ「そんなことはありませんわ。とても有意義な時間でした」
 
( ・∀・)「そうか……」
 
 そう答えた兄の声は、少し元気がなかった。
 
( ・∀・)「顔を出せなくて、すまなかった」
 
ξ゚ー゚)ξ「……気にしないで下さい。お兄様には、大事な務めがあるのですから」
 
 なるほど、それを気にしていたのか。それは少し、意外だった。
 
 女の式典に軍の男が参加することは無礼に値するなどと、慣例というものは面倒臭い。
 しかし、いかに肉親と言えどそれを良しとしなかったのは父であり、
 王族たるもの他の模範と成るべきだと、断固として兄の参加を許さなかったのだ。

22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:53:08.60 ID:BvFhMvL/0
 
 気に掛けてくれていただけで、わたしはとても嬉しかった。
 
( ・∀・)「国王はいかん。少し頭が固い……」
 
( ・∀・)「……っと、聞かなかったことにしてくれ」
 
ξ゚ー゚)ξ「でも確かに。同意しますわ」
 
( ・∀・)「……耳に入れば、不敬罪も免れないがな」
 
ξ゚ー゚)ξ「では、お兄様と二人だけの秘密ということに」
 
( ・∀・)「ああ、そうしてくれると助かる」
 
 足音だけが反響していた暗い廊下に、二人分の笑みが漏れる。
 兄は時々、お父様の愚痴を零す。その度に、二人だけの秘密が増えていくのだ。
 もちろんわたしまで怒られてしまうので、その秘密を漏らしたことは一度もない。
 
 そうでなくても、秘密厳守はするのだけど。
 
( ・∀・)「ツンももう十六、か」
 
ξ゚听)ξ「はい」
 
( ・∀・)「そうか……どうりで綺麗になったわけだ」
 

23以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:56:27.20 ID:BvFhMvL/0
 
ξ*゚听)ξ「あぅ……」
 
( ・∀・)「自信を持て。兄として、お前は誇れる女になった」
 
ξ*゚听)ξ「ありがとう……ございます……」
 
 他の人に言われるよりも、兄に言われた方が、心に響いた。
 尊敬する人に認められた気がして、嬉しくて、でもそれが恥ずかしかった。
 お父様には、未だそんなことを言われた事がない。まだまだ、ということだろう。
 
 今思えば、兄に対する気持ちは恋心に似ていたのかもしれない。
 優しい言葉に、心をくすぐられるような感覚。
 それを恋心と自覚したのが、ブーンと会うようになって少し経ってからの事。
 
 今でもそれには、どうしても慣れなくて困っている。
 照れたり恥ずかしくなると、口ごもるか断固否定し出すかのどちらかだ。
 そんな自分の性格には、今でも戸惑ってしまう。
 
 顔を少し熱くさせ兄の背中を追っていたら、いつのまにか自室の前についていた。
 
( ・∀・)「さ、ゆっくりと休みなさい」
 
 兄が部屋の扉を開けてくれる。笑顔を返して、自室に入った。
 

24以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 15:59:16.98 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚ー゚)ξ「……おやすみなさい、お兄様」
 
( ・∀・)「おやすみ」
 
 静かに扉が閉まりかけ、顔だけ覗ける隙間を残し、兄はそこで手を止めた。
 隙間から兄がじぃっとこちらを見ている。なんだろうか。
 
ξ゚听)ξ「……?」
 
( ・∀・)「……」
 
( ・∀・)「……誕生日、おめでとう」
 
 その後にすぐ、扉を閉めた。
 その一言を言いたくて、しかしどこか気恥ずかしくて言えなかったのか。
 だとすれば、兄は照れていたと言うことで……。
 
ξ゚ー゚)ξ「ふふっ」
 
 そんな貴重な兄を見ることができて、思わず笑みが溢れた。
 テーブルに葡萄酒と、カナッペをのせた小皿を置き、ひとつまみ。
 
 薄く切られたバケットを生地に、子牛のパテにふりかけたトリュフソルト。
 口に含んだ固いバゲットを、しっとりとしたパテが優しく包み込み、
 トリュフの香りが口の中いっぱいに広がり、喉を通る塩気が葡萄酒を誘った。
 

25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:02:44.64 ID:BvFhMvL/0
 
 葡萄酒を一口、口に含んだ後、重いドレスをよいしょと脱ぐ。
 
ξ゚听)ξ「はーっ……」
 
 やはり少し、息が詰まっていたらしい。
 大きく息を一つ吐くと、風に当たりたくなった。
 バルコニーに出ようとした所で、はっとする。
 
 ドレスを脱いだわたしが纏っている服は、ビスチェにペチコート。
 服というか、もう下着だ。いくら人目につかないとはいってもこの恰好はいささかまずい。
 クローゼットから全身が隠れるガウンを取り出して、それを羽織った。
 
 そしてこの時、お父様から貰ったプレゼントを持って、
 今までに貰った物をいれた宝石箱も一緒に持ち出した。
 
 その時、それを持ってバルコニーに出なければ、ブーンと出会うことはなかったと思う。
 
 二年前のあの夜も、星は変わらずに、煌々と輝いていた。
 
 宝石箱をバルコニーの手摺りに置き、プレゼントを開ける。
 そこには指先程の大きさの、宝石があった。
 星の下でも美しく輝くそれは、オパール。
 
 十月の、誕生石だった。

27以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:07:06.10 ID:BvFhMvL/0
 
 主となる色はあるものの、一色だけに留まらず多彩な輝きを放つのがオパールだ。
 プレゼントのオパールは毎年色が違い、今年頂いたオパールは赤く輝いていた。
 
ξ*゚听)ξ「はぁ……」
 
 オパールを星にかざし、この世界と別世界の輝きの共演に、感嘆の溜息。
 わたしが二十になった時、それまでの宝石を装飾したティアラを作ってくれるとのこと。
 年を重ねる毎に一つ、一つと輝きを増し、それに見合う女になれというお父様の言葉。
 
 全ての輝きを束ねた時、わたしはそれに負けないくらいの女になっているだろうか。
 そうして星と一緒に眺め、神秘的な輝きを放つそれを見ていると、自信がない。
 そう思っている時点で、まだまだわたしは宝石には遠く及ばない、ということだ。
 
 その時。
 
 身を揺らされるほどの強い風が吹いた。
 
ξ;゚听)ξ「あっ!」
 
 声を上げた時にはもう遅く、手摺りに置いた宝石箱は風に流され落ちてしまっていた。
 その時ほど、背筋が冷たくなったことはなかった。勿論、冷たい風のせいではなくて。
 どうしていいかわからずに、わたしはしばらく暗い地面を見つめていた。
 
 どのくらいの時間そうしていたかわからない。
 突然我にかえり、とにかく、宝石箱を探しに行かなくてはと、駆け出した。
 

28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:10:15.22 ID:BvFhMvL/0
 
 わたしの部屋は城内で最奥の棟にある。
 つまり城の裏側なのだが、落ちた場所には裏口からしか出ることができない。
 
ξ;゚听)ξ「はぁっ……はぁっ……」
 
 人生であれだけ走ったのも、あれが初めてだった。
 子どもの時ですら、あんなに息を切らせて走ったことは恐らくない。
 とにかくもう、無我夢中だった。
 
 お父様に怒られるとか、そういう考えはなかった。
 大切な物を無くしてしまうかもしれない焦燥感が全てだった。
 足が痛くなっても、それでも走り続けた。
 
「ツ、ツン様?!」
 
 途中、数名の衛兵さんにどうしたのかと呼び止められたが、
 なんでもないと言いくるめ先を急いだ。
 今思えば、そんなことを言われても心配しただけだろうなと思う。
 
 やがて裏口に到着し、急いで扉を開けた。
 吹き込んだ冷たい風が、火照った体と頭を冷やしてくれる。
 呼吸を落ち着かせると、バルコニーの下へと向かった。
 
 その時に居た、黒い影。
 身を屈めて、地面を探る人の影。
 それが、ブーン=ラダトスクだった。
 

29以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:13:33.09 ID:BvFhMvL/0
 
ξ;゚听)ξ「あなた!」
 
(;^ω^)「おっ?! ひゃ、ひゃい!」
 
 ほぼ怒鳴りつけたようなわたしの声に、ブーンは驚いていた。
 彼もまた、振り返ったらわたしがいることに、更に驚いたことだろう。
 物音がしたから、その周辺を調べていただけだったのだろうに。
 
(;^ω^)「ツ……ツン様?!」
 
 一瞬慌てふためいた後に、すぐに地にふせ頭を下げた。
 ただの外回りの兵卒の前に、突然王女が現れたのだ。
 ブーンは混乱の極みだったに違いない。
 
(;゚ω゚)「ご、ごごごご機嫌うるるわしゅ、ほ、本日はまことに異常ありませんっ!」
 
ξ;゚听)ξ「落ち着いて下さい……貴方が異常よ……」
 
(;゚ω゚)「いいいいえっ! 決してそのような! 異常無しであります!」
 
 ひとまず彼を落ち着かせないとと思い、わたしはゆっくりと近づいた。
 
ξ゚听)ξ「……見回り、ご苦労様です」
 
(;゚ω゚)「勿体ないお言葉ですっ! 恐悦しゅ極にじょんじましゅ!」

31以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:18:09.96 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「……えぇと……あの、ここはいいので、持ち場に戻って下さい」
 
(;^ω^)「お……もしかして、お部屋から何かを落としましたか?」
 
ξ゚听)ξ「貴方には関係ありません」
 
(;^ω^)「で、出過ぎた真似を……申し訳ありません!」
 
ξ゚听)ξ「えぇ……わかったから、早く戻りなさい」
 
 早く宝石箱を探したくて、ブーンには悪いけど冷たくあしらったっけ。
 というかその時は、まともに顔すら見てなかった気がする。
 
(;^ω^)「あの……ツン様……」
 
ξ゚听)ξ「……?」
 
 ブーンが恐る恐る顔を上げて、両手をわたしに差し出した。
 その手には、蓋が取れて壊れてしまった宝石箱が乗っていた。
 
ξ;゚听)ξ「っ!」
 
 わたしはそれを奪い取るように、荒々しくひったくる。
 手に取った宝石箱はわたしの手の中でも、見るも無惨な姿のままだった。
 
33以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:21:33.81 ID:BvFhMvL/0
 
ξ;゚听)ξ「……」
 
 もちろん、中にあるはずの宝石は、一つも残っていなかった。
 宝石箱の中に入っていた十五個の指先程のオパールが、この暗い地面に───
 その周囲は足首の高さにまで草がのびていて、
 文字通り草の根を分けて探さないと、見つからないだろう。
 
 大きく一つ、溜息をついた。
 
(;^ω^)「……その中に、大切な物が……?」
 
 こんな暗い場所で小さな物を探さなければいけない。それも十五個も。
 そんな絶望感が、わたしにブーンの問いを答えるようにと背を押した。
 
ξ;゚听)ξ「……おとうさ……国王様からの……誕生日プレゼントが……」
 
(;^ω^)「えっ……そ、それはどういった物ですか?」
 
 口が渇いてうまく話せなかったが、ゆっくりとブーンに説明した。
 わたしの顔が余程追い詰められたような表情だったのか、彼も心配した顔をしていた。
 そしてその事実を知って、さらに困った顔になる。
 
(;^ω^)「それは……」
 
ξ;゚听)ξ「……」

35以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:24:57.43 ID:BvFhMvL/0
 
(;^ω^)「……松明……後は人を呼んできます」
 
ξ;゚听)ξ「っ! だ、だめ! だめよ!」
 
(;^ω^)「え……」
 
ξ;゚听)ξ「わたしのことで……兵士さん達に迷惑はかけられないわ……」
 
(;^ω^)「ツン様……」
 
ξ;゚听)ξ「……ありがとう。貴方、お名前は?」
 
(;^ω^)「はっ。ブーン=ラダトスクと申します」
 
ξ゚听)ξ「ラダトスクね、覚えておきます」
 
( ^ω^)「……」
 
ξ゚听)ξ「心配をかけました。後は自分で片付けます。持ち場に戻って下さい」
 
 その言葉は、意地だった。
 お父様と兄の姿を見てきたわたしの、王族としての、欠片ほどの意地。
 自分のことは自分でしなければいけないと、その時はそうしようと強く思った。
 
 ブーンはその時に、わたしの言葉の意図を察したのだろう。
 わかりましたと告げ、すんなりとその場を後にした。
 

36以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:28:45.58 ID:BvFhMvL/0
 
 そしてわたし一人が残り、頭を左右に大きく振った後、宝石を探し始めた。
 手が、足が、服が汚れても、構わずに続けた。
 あの夜は……人生で初めての経験を、たくさんしたと思う。
 
 兄の意外な一面を垣間見たことから始まり、地に這いつくばって宝石を探すまで。
 ブーンという、ただの兵卒と会話したことも、初めてのことだった。
 
ξ;゚听)ξ「…………」
 
 ──暗い。
 
ξ;゚听)ξ「…………」
 
 ──寒い。
 
ξ;゚听)ξ「……ぁ」
 
 指先に当たる石の感触。それがただの石だった時は、思い切り城の壁に投げてやった。
 
 それでも一つ、二つと。
 
 ブーンに聞いた宝石箱が落ちていた周辺を探すと、案外と簡単に宝石達は見つかった。
 でもそれは最初だけで、六個目を見つけた後からは、なかなか見つけることができなかった。
 少し、泣きそうになった。
 

37以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:32:05.55 ID:BvFhMvL/0
 
 だけど、泣くわけにはいかない。
 
 手を止めるわけにはいかない。
 
 自分一人で、なんとかしなければいけない。
 
 手が汚れても。
 手が草ですり切れても。
 手がどうしようもなく、痛くなっても。
 
 自分の問題は、自分で解決しないといけない。
 
 一カ所を探し終える度に、兄に相談しようと考えては、やめた。
 兄にそうすることも、お父様に謝ることも、簡単だ。
 だけどそれをしたらきっと、わたしの知らない間に問題は解決してしまう。
 
 その時はそれだけが嫌で嫌で、意地で探していた。
 
 お父様も兄も、辛いことを乗り越えてきたのだから。
 わたしだって、自分の手でやり遂げなくては……。
 そもそも自業自得なのだから、いちいち言い聞かせることでもなかったはずだ。
 
 やらなくては、いけない。
 
 一人だって、辛くないんだから。
 一人だって、泣いたりしないんだから。
 

38以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:36:33.91 ID:BvFhMvL/0
 
 そんな時、足音が聞こえた。
 ブーンが去る時に聞こえた、がちゃがちゃという鉄の靴の音。
 
ξ;゚听)ξ「あ……」
 
 彼が左手に松明を持って、戻ってきていた。
 
( ^ω^)「ツン様。及ばずながら、お手伝いを……」
 
ξ;゚听)ξ「い、いいのよ別に……」
 
 内心、その時はどれだけほっとしたことか。
 口をついたのは、強がり以外のなんでもなかった。
 ブーンの存在と闇に慣れた目に映る松明の火が、とても頼もしく見えた。
 
( ^ω^)「ツン様。私の役目は国に仕えることです」
 
( ^ω^)「そしてツン様は、国の宝と呼んでも過言ではないお方です」
 
( ^ω^)「ならばこのブーン=ラダトスク、助力を尽くす事こそ忠義であると……」
 
ξ゚听)ξ「…………」
 
 感銘を受けるとは、きっとああいうことを言うのだろう。
 全ては自分の不注意から生まれたことという事実が、どうしようもなく情けなかった。
 

39以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:39:42.02 ID:BvFhMvL/0
 
ξ゚听)ξ「……ありがとう、ございます」
 
 肉親以外の優しさに、初めて触れた。
 決して自己利益の為ではないブーンの言葉は、胸の奥までしっかりと届いた。
 
 その背には国という大きなものがあることはわかっていたけれど。
 少しでもわたしという人間を見ていてくれていることが、嬉しかった。
 そんな感動を胸に秘め、松明を地面に固定している彼の背を見つめていた。
 
 後は自分に任せろと言わない辺り、わたしの意見を尊重してくれているのだろう。
 そこも少し、他の人達と違うと感じた部分でもあった。
 もしかしたらこの時既に、わたしは彼に惹かれ始めていたのかもしれない。
 
( ^ω^)「さぁ、始めましょう」
 
ξ゚ー゚)ξ「……えぇ」
 
 彼が振り返った時、不安は既に消えていた。
 
 
 月と星と、松明の光の下。
 
 
 わたしと彼は、初めて出会った。

41以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:44:27.55 ID:BvFhMvL/0
 
 二人とも無言のまま、一刻程探していただろうか。
 真っ白だったはずのガウンは、膝から下が土で真っ黒になっていた。
 手も同じく、真っ黒だ。数刻前まで華やかなパーティー会場に居たことが信じられない。
 
 だけど不思議と、後悔はなかった。
 もちろん反省はしていたのだけど、なぜか心は満たされていた。
 黙々と地に這いつくばり宝石を探すブーンの姿に、本当に支えられた。
 
 彼の背中を見る度に、わたしも頑張らなくちゃと励まされたのだ。
 
 
 ───………
 
 
 ───………
 
 
(;^ω^)「ありましたお!」
 
ξ;゚听)ξ「! こ、こっちも!」
 
 同時に顔を上げて、お互いの手の平を見せ合う。
 土で汚れた手の中できらきらと輝く宝石。
 真っ黒に汚れ、宝石とわたしは更に差が開いてしまったと、自虐的に笑った。
43以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:47:51.95 ID:BvFhMvL/0
 
(;^ω^)「これで……」
 
ξ;゚听)ξ「十個目……ね……」
 
 残りは、五つ。
 とてもその夜の間に見つけられる気がしなかった。
 それでも、探さなくては……そう、思った時。
 
( ^ω^)「ツン様」
 
ξ;゚听)ξ「……?」
 
( ^ω^)「今日はもう、切り上げましょう」
 
ξ;゚听)ξ「え、で、でも……」
 
( ^ω^)「大丈夫です。私は誰にも言いませんし、ここは人も通りませんから」
 
 たしかにこちらの裏口は、普段は高台に見張りがついているだけだ。
 夜と、視界が悪い天候の時だけに、見回りの兵がつく。
 加えて、指先ほどの宝石など目を凝らして探さない限り見つけられないだろう。
 
( ^ω^)「時間を見つけて、探します。その時は届けに」
 
ξ;゚听)ξ「ど、どうやって?」
 

44以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:51:42.43 ID:BvFhMvL/0
 
(;^ω^)「おっ……し、忍び込んで」
 
ξ;゚听)ξ「だ、ダメよ! そんなことしたら死刑よ死刑!」
 
 冗談抜きで、ただの兵卒が王室に忍び込んだら首が飛ぶ。
 だからここは、私が動くべきだと考えた。
 
ξ゚听)ξ「……夜に、また来ます」
 
(;^ω^)「へっ?」
 
ξ゚听)ξ「普段は衛兵さんが多いから無理だけど……深夜なら」
 
(;^ω^)「いや、それは国王様に知れたら……」
 
ξ゚听)ξ「大丈夫です。少なくとも、わたしは殺されませんから」
 
(;^ω^)「ですが……」
 
ξ゚听)ξ「ブーン。貴方の場合は本当に殺されるんですよ?」
 
(;^ω^)「うっ……」
 
ξ゚听)ξ「わたしからのお願いです。……どうか」
 
(;^ω^)「め、滅相もございません! 承知致しました!」
 

45以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:55:40.68 ID:BvFhMvL/0
 
 正直その時は、不安だった。
 見つかった時にする言い訳もまったく浮かばなかったし、
 衛兵さんに見つからずにこれる自信もなかった。
 
 最初に向かう時に見つかったけど、一度だけならどうとでもなる。
 しかし毎晩となると、話は別だ。
 それでも自分でまいた種だもの、自分がなんとかしなくてはいけない。
 
 ブーンの言葉はありがたかったけど、その時は一人で続けるつもりだった。
 例え宝石がいつまでも見つからなくても、だ。
 
( ^ω^)「ツン様、少し、お待ち下さい」
 
ξ゚听)ξ「?」
 
 わたしにそう告げると、ブーンは最初に去った方向へ駆け出していった。
 不思議に思いながら、夜空を仰ぐ。
 
ξ゚听)ξ「…………」
 
 当たり前のことだけど、星はその時も、今と同じ輝きを放っていた。
 わたしはその時から変わっていない。
 
 ……汚れた、ままだ。
 

46以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 16:59:43.20 ID:BvFhMvL/0
 
(;^ω^)「お待たせしました」
 
 戻ってきたブーンの手には布切れと、木の桶が。
 桶には水が、なみなみと注がれていた。
 
( ^ω^)「これで手と足だけでも……」
 
ξ゚听)ξ「……」
 
 
 呆然としてしまった。
 
 
( ^ω^)「? ツン様?」
 
ξ*゚听)ξ「ぇっ? あ、うん、あいや、はい、ありがとう」
 
 何故かとても照れてしまって、しどろもどろになる。
 ぎくしゃくした動きでブーンから布切れを受け取り、桶にそれを突っ込んだ。
 
ξ;><)ξ「いたっ!」
 
 水だと思ったそれは少し温めのお湯で、手にできた擦り傷がしみた。
 
(;^ω^)「だ、大丈夫ですか?!」
 

47以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:02:30.29 ID:BvFhMvL/0
 
ξ;゚听)ξ「だっ、大丈夫よ!」
 
 まるで叱りつけたような剣幕で言ってしまった。
 ブーンはびくりと体を震わせ、困った顔でわたしを見ていた。
 弁解をすればいいのに、その時はどうしていいかわからず痛みをひたすら我慢していた。
 
ξ;゚听)ξ「……いたた」
 
 我慢しながら、手と足を洗う。
 水だったら寒かっただろうけど、お湯にしてくれたおかげで寒さを感じることはなかった。
 ……出会った当初から、彼はそういう所によく気がつく人だった。
 
 白かった布切れとお湯は、すぐに真っ黒になってしまう。
 服はどうにもならないので、仕方がない。
 
( ^ω^)「お湯を取り替えましょうか?」
 
ξ;゚听)ξ「だ、大丈夫よ!」
 
( ^ω^)「着替えは……ツン様が袖を通せるお召し物は……」
 
ξ;゚听)ξ「だ、大丈夫よ!」

49以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:05:40.34 ID:BvFhMvL/0
 
 どうしたことか、同じ言葉しか出てこない。
 兄以外に優しくされることに、慣れていなかったからだろうか。
 二年経った今も、彼の優しさをまともに受けきることができないのだから。
 
 とにかくその晩は、そんな調子でそそくさとブーンの前から去り、自室へと戻った。
 
 お礼すら、言わずに。
 
 部屋についた時それに気がつき、激しく後悔したけれど時既に遅し。
 王族なんたら以前に、人としてそれはいかがなものだろうか。
 ベッドに突っ伏してから頭を巡ったのは、情けない自分の姿ばかりだった。
 
 宝石のことももちろんあるけれど、明日はとにかく、お礼を言わなければ。
 
 
 そう強く思いながら、その日は眠りについたのだった。
 
 
 ───………
 
 
 ───………
 
 

50以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:08:58.68 ID:BvFhMvL/0
 
 そして今。いつの間にか、わたしは部屋の目の前にいた。
 彼と初めて会った日のことを思い出していたら、のぼせた熱も冷めていた。
 あの夜からほとんど毎晩、こんな夜を繰り返している。
 
ξ )ξ「…………」
 
 常々思う。こんなことをしていて、はたして良いのだろうかと。
 
 良い……わけがない。
 お父様がいつも兄に言っている。王族たるもの他の者の模範となれと。
 
 宝石はまだ、最後の一つだけが見つかっていない。
 それが見つかったら、二人の関係も終わる。
 わたしが会いに行く口実がなくなるからだ。
 
 彼に対する感情を押し出したら、それが口実になるのだろうけど、それは……。
 きっと彼を、困らせてしまうだけになる。
 それに、彼の感情も見えない。わからない。それを知るのが、とても怖い。
 
 だから宝石が見つかったら、もう会うことをやめようと思う。
 思う。思っている。思っていた。思いたい。何度も、何度も、繰り返した。
 
 現実はどうだ。
 いつの頃からか、宝石を探すことをやめている自分。
 これが、現実だった。
52以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:12:29.70 ID:BvFhMvL/0
 
 見つけてしまったら、終わってしまう。
 いつの日からかそれが嫌で嫌で仕方がなくなった。
 だからわたしは、探すことをやめた。
 
 それで後何年、これを続けることができる?
 後何年、こんな生活を繰り返せば、わたしの心は満たされるのだろう。
 わからない。何もわからない。
 
 結局わたしは、ずっと子どものままで、あの夜に汚れていたままで。
 ずっとあの場所に、ブーンの隣に、留まっているだけだ。
 離れたく、ない。わたしはずっと、あの場所に、居たい。
 
 彼は優しい人だ。
 ……優しいことが、彼をあの場に留めている原因でもあったのだけど。
 
 彼は、人を斬ることができなかった。
 そしてそれが、戦場で仇になった。
 
 三年前、山賊の討伐に出陣した青騎士団の中に、彼はいた。
 その戦いで、彼は敵にとどめをさすことが出来なかったという。
 
 そのためらいが隙を生み、彼はそこで利き腕の親指を失った。
 命に別状はない。しかし利き腕の親指が無くては、もう両手で剣は握れない。
 騎士としての出世は、完全に断たれたのだ。

55以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/17(土) 17:16:34.51 ID:BvFhMvL/0
 
 それでも、一度は国に忠誠を誓った身として、軍に残りたいと進言した。
 彼が所属していた青騎士団団長は、快諾してくれたらしい。
 戦場に立つ事はできなかったが、雑用や退屈な見回りを、積極的に行っていた。
 
 利き腕を血の滲む訓練で変更し、私生活に支障をきたさない程まで扱えるようにもなった。
 その話を聞いた時、わたしはただただ涙を流すだけだった。
 
 そこまで、そうしてまで作った居場所に、わたしは割り込んでしまった。
 下手をすれば、彼は軍にいることができなくなるのに。
 何故わたしが泣いたのか、きっと彼はわからなかっただろう。
 
 自分の甘さが情けなくて、それでも彼に甘えてしまう自分が、許せなくて。
 
 このままではだめだと思い、わたしはそれから数ヶ月、彼に会うことをやめた。
 
ξ )ξ「……」
 
 今日は色々な事を思い出してしまった。
 誕生日が近いせいかもしれない。今日はもう、休もう。
 そして、そろそろけじめをつけなくてはいけない。
 
 例えどんな結果になろうとも、彼の居場所を奪うことだけは、決して───
 
 重い気と肩のせいか、ドアノブを下げる手は素直に、真っ直ぐ降りた。
 





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